辛い時には目を閉じることも大事だと思います。悲しいニュースやネットに。私が動物保護関係の発信をやめたわけも。

 

(今日はいつもと違い、ちょっと真面目な意見です。お嫌いな方はスルーしてくださいね)

昨日、京都でガソリンによる放火という悲惨な事件が起こりました。ある日突然一瞬で奪われた命。あまりにも理不尽で身勝手な犯人。ひどい事件です。

私がツイッターで知ったときは、もうかなり詳しく事件の詳細が流れていました。

日本に住んでいる方は一日中テレビニュースやSNSで報道が発信がされ、それを目にしていたと思います。

アメリカでもそうですが大きな事件が起こると報道番組でずっと同じ映像を流します。

9月11日の同時多発テロの時、地上波のチャンネルで通常番組を変更して飛行機がビルに突入する瞬間、ビルが崩れ落ちる瞬間を何回も何回も放映していました。

当時低学年だった息子が通う学校から連絡があり、「テロについて軽く説明はしたけれど、家庭でなるべく映像を見せないように」と言われました。

アメリカはケーブルテレビが多く、ディズニーチャンネルやニコロディアンチャンネル(子供のアニメなど放送するチャンネル)をつけておけば、ずっとアニメで途中にニュースが入ることもありません。

なので地上波ではなく家に帰った息子と話をして(先生はとてもわかりやすく、でも怖くないように説明してくれていました)アニメを一緒に見ました。

子供たちには繰り返される悲惨な映像はトラウマになるかもしれません。日本の東日本大震災の時も後から問題になったと思います。

 

それは大人にも当てはまるのではないでしょうか?

増えていく犠牲者、炎を噴き出すビル。あまりにもひどい事件。繰り返し見る必要はないと思うのです。テレビを消す、SNSを消すことも大事だと思うのです。

まず、自分のこと(心)を守らなければ。それから、できることを探せばいいと思いました。

 

私は数年前から特に子供と動物関係の辛いニュースや画像を見られなくなりました。

「目を背けないで見てください。これが現実です」と戦争関係や動物虐待の画像などが次々流れるようになり、耐えられなかったことがあります。

気がつかれた方も多いと思うのですが、動物保護。特に犬猫の保護活動の発信に力を入れていたことがありましたが、最近は発言も発信も控えていました。

もちろん今でも動物たちの命を守ることは大事だと思っています。

私も毛皮の事を記事に書いたり「知ることも大事」と思っていました。ペットショップの裏事情なども。知ることで不買運動をしたり、それも大事なことだと思ってはいます。

ただ、動物愛護の活動家の人は過激な思想や強い意見を持つ人も多くて(優しい素敵な人ももちろん多いです)動物を大事に思うあまりに人間の命をないがしろにするような意見も数多く見かけるようになりました。

ここには書きませんが、あまりにもひどい言葉はいつまでも頭の中に残り、少しづつ心に影響していきます。

特に私はアメリカに住んでいて、自身の国籍もアメリカ人で、夫は引退しましたけれど軍人でした。

26年務めた空軍がどれほど大変な仕事かわかっていますし、勤め上げた夫のことを誇りに思っています。

なので特にアメリカや軍に関してのあまりにもひどい意見は耐えられなくなってしまったんです。軍人なんていらない、しねと書かれたものも何回も見ています。

「いろんな人がいるよね」とハガネのメンタルが欲しいところですが、例えば尊敬していた人がひどい発信をしているのを見て心がぼっきりと折れることもありました。

画像も本当に苦手なものもあります。検索して出てきたり、ツイートで流れたり。以前犬の残酷な画像をフェースブックで見て寝込んでしまったこともあったんです。

そしてやっとミュートそれからブロックやアンフォローをするようになったんです。もっと早くすればよかったのに、なんだか悪い気がして。バカみたいですが多分そう思っている人はいっぱいいると思います。

でも自分の心を守るために目をつぶることはとても大事なことじゃないかと、やっと気がつきました。

ブログもツイッターも楽しいです。ニュースや動画。インタ―ネットにつながない日はありません。

100人いれば100人の意見があります。ヘイトもあふれています。そういうものは見ないようにして自分の心を守り、楽しいネット生活を続けていこうと思いました。

私が新しいブログにしたのも、そういう意味もあったんです。楽しいことだけ書いていこうと。

結局今日はいろいろ書いてしましました。ごめんなさい。ちょっと疲れてしまっているのかも。後で削除するかもしれません。

長々と書きましたが、言いたかったことは「自分のためにお休みしたり目を背けることは全然悪くないよ」ということでした。

長文読んでいただきありがとうございました。