マンモグラフィー

 

5月にマンモグラフィーを撮ってきました。

皆さんご存じと思いますが、マンモグラフィーとは乳房専用のレントゲン撮影のことです。

Mammography 通常Mammogram(検査)と言うことが多くて、発音もメモグラムに近いです。

アクリル板で乳房を極限までペタンコにして撮影します。

私の場合は、右乳房のみです。

 

 

今まで何度も書いていますが、2003年に乳がん ステージ3C発覚しました。

手術数回、抗がん剤、放射線治療、ホルモン治療をしました。手術は左胸の全摘出。

それから22年も経ちました! 体力は少々劣りますが元気です。たぶんそういうこともあってエネルギーが続かないとかもあるかも。旅行などで。

20年以上たってもマンモグラフィーはドキドキします。

特に昨年は翌日に呼び出されました。電話がかかるとアウトと思っているので、涙が出そうでした。数枚とって、夫も一緒に話を……と言われ絶望の気持ちに。

「だいじょうぶでしたよ」と言われて、うわああ~~脅かさないでええ!!と。この瞬間、当時のつらかった時を思い出しました。

目の前が真っ暗、頭が真っ白って本当になるんだと。

でも元気になった人がいるよと、がんを患っている方の希望になりたい!といつも思っています。

 

全摘出後に数回、再建手術をしましたが、こちらはすべて失敗しました。放射線治療でかなりの部分がやけどのケロイド状態になり、皮膚が伸びずに数年待つことに。

その後、もう再建手術はしていません。また気持ちは変わるかもしれませんが、もうなるべく手術はしたくないと思ってしまいます。

見かけはどうでもいいなと思ってしまったり、痛い思いはもう嫌だなとか。

それでも日本に行って温泉に入りたいという夢もありますww

堂々と入ればいいのですが、他の方に嫌な思いをさせたらいやだとも思います。

普段はブラのポケットにProsthetic というシリコン製のニセ胸を入れています。これが重さといい柔らかさと言い本物みたいな感触。

でも見た感じは思いっきりニセモノw 日本ですごく精巧なProstheticがあるそうで、写真を見たら本物にしか見えない!! いつか購入したいと夢見ています。

手術は今のところ考えていませんが、また気持ちも変わるかもしれません。

まだ右目の白内障手術。それから歯のインプラントも待ってます。ひいい。

健康第一とはいえ、外出が病院ばかりというのも、ちとさみしい!w

 

 

自分の人生について考える。日本移住計画

 

オハイオの生活は13年になります。

写真はGreeneという町

 

 

夫は空軍に勤務していました。横田基地で知り合い、結婚し子供が生まれ異動命令がありアイダホ州へ3年。また日本へ戻り、乳がんになりハワイ陸軍病院での治療のためオアフ島に異動。そこで6年。

そこから夫の異動でロスアンジェルスへ。3年。子猫たちはここで出会い、高校生だった息子と猫たち、そして日本から呼び寄せた母親(このために国籍をアメリカに変更しました)と皆で一緒にオハイオへ

そこから13年。すごく早く感じます。

米国籍ではないと呼び寄せができなかったので、テストを受け面接を受け、LAで国籍を取りました。

 

 

テストに出る問題集と答え テキスト

100問中10問 アメリカの歴史と政治

 

 

 

とにかく時間がなかったので、ほぼ丸暗記!このテストは口頭で、あとは簡単な筆記試験。

 

がんばった!

 

でも母はすぐに帰ってしまった!!をい!!ww

 

LAでは日本のものがいろいろ手に入りますが、オハイオはいわゆるアメリカの田舎。車社会、そして保険の問題もありましたが、母は(オハイオ田舎)に我慢できずに帰国。

母親の永住権を取るのも大変だったし、お金もかなりかかったので当時は怒ってましたw

母は日本に帰って数年で他界しましたが、今は母が日本へ帰れてよかったと思っています。そしてその前にアメリカで一緒に暮らせて良かった。

 

国籍(市民権)をとったのを後悔したことはなく、破棄する気持ちもありません。

 

でもそれが今ネックになっています。

それが日本への帰国。

帰国と言っても国籍を米国に移しているので完全に外国人扱い。あつかいというのも語弊がありますが、もうすこし、こう(元日本人だから)優しいと思ってた。

プロセスは

1日本国籍喪失届を出していない人はこれをまず提出

2在留資格認定証明書の提出

3証明書を受け取ったらビザ申請

書き出すと簡単そうですが、この在留資格認定証明書(舌を噛んでしまいそう)英語のほうが簡単ですCertificate of eligibility 頭文字をとってCOEと言います。

このCOEを取るのが大変そう。政府のサイトを読めば読むほど混乱しました。

行政書士にどの種類のVisaなのか、とか必要なものを聞きました。この会社は相談が2万円そして行政書士が全て書類関係を用意すると1人15万円くらいだそう。

すぐに始めようかとも思いましたが、とりあえず3か月の短期ビザはあるので考え中です。

でもこういう過程を繰り返し、いろいろ調べているうちに涙が出てきました。

もう、ふっと簡単に生まれた国に帰れないんだなって。

アメリカ人の夫と子供そして自身も市民権がありますが、アメリカ生まれではない。言葉も文化も理解していますしアメリカ人だという誇りもあります。それでも、ふと

アイデンティティーとか人生とはとか考えてしまいます。それが鬱になーる。

自分の人生を振り返り、なんて幸せなんだろう、ラッキーなんだろうと思っています。

ですが、ふと、自分の国に帰るだけなのに、こんなことになるんだなと悲しくなったりするんです。

自分で選んだ道なので後悔はないんですが、なにていうか、ん、もういつもの

ジャパーン!!好きなんだようww

毎年1か月でも帰れたら住まなくてもいいかなと思ったりします。書類関係をすっ飛ばして。

それでもせめて日本から近いところに住みたい。ハワイ、カリフォルニア、シアトルそしてグアム。あ、アラスカも近い。

なにしろオハイオ乗り換えがあり、シカゴまでやっと行っても、そこから14時間。

そして毎回時差ぼけなどで具合が悪くなる!2週間以上!

なので前回も毎日「だるい~動けない~」と言い、実際ベッドから出られなかったことも。

毎回会っていた中学の友達とも会う約束したけど、疲労で会えず。ごめんね。

体が弱すぎるのか、オハイオが遠すぎるのか、

あ、年齢……

でもまた行く!!そして今年こそ、か、来年春には引っ越しを考える!!

 

 

 

 

 

 

 

白内障手術 Cataract surgery

 

数日前に、白内障手術をしてきました。

冬に一度予約していましたが、ヘタレのためキャンセル・・・というのは半分本気、半分冗談です。

胆石かポリープもあり、夏にエコー検査

「小さいから問題ないと思う」と言われたので、その後日本へ行き、冬に2度目のエコー検査をしました。

サイズは大きくなっていませんでしたが複数あるとのことで一度は白内障手術より先に、胆のう摘出手術を決めました。

が、先生との相性など、不安もあり白内障を先にすることにしました。

それが数日前です。

術前の説明を2回聞き、電話もして納得していたのですが、目を切るというのが怖い怖い!

自分ではそれほど悪くなってないと思ったら、夏よりも確実に悪くなっていたそうで(自分でもうっすら思っていたけどw)思い切って受けてきました。

友人に背中を押してもらいました。友人は「すごく快適だよ!!」と。よし信じた!

 

手術前は、左目の下のほうがちらちらしたり、それから水は入ったようなぼんやりした感じだったり、何よりも見た感じが薄い膜ののようになっていて、目の色が薄くなってる!

それでももう10年以上眼鏡生活だったので不便さを感じませんでした。

しかーし手術後はめちゃくちゃ見える!しかも明るい!

まだ右目していないのですが、色が違う!! 

右目はまだ暗めの裸電球のような光。こんなに違うんですね。

ちなみにアメリカの検査や手術 時間かかります。

前も言いましたが

まず何よりも主治医(ホームドクター)にお伺いたてるww(以前激痛で電話して予約が2週間先だった。遅いだろ!とERに行ったことも) そして主治医から目医者(メガネ作ったり検査する医者)そこで検査して、やっと目の外科手術専門医へ

私の場合、主治医は基地の中 眼医者は眼鏡屋さん兼ねているドクター。目の外科医はまた基地の中です。ほとんど基地内の保険ですが眼鏡屋さんの3D検査とコンタクトの処方箋だけ有料でした。

そこからさらに精密検査をして、手術を決めたら、さらに手術前の最終話し合いがあり、1日前には麻酔医の説明を聞きに行きます。

麻酔も部分麻酔ですが、全身にリラックスする麻酔を注入します。なので付き添いがいないと絶対に手術を受けられないことや注意など。

アメリカは手術前に相当脅かされます。というのもすべて説明して最悪なことが起きても

「説明したからな、訴えるなよ」←こんなことは言いませんが、そういうことだと思う。

さらにLiving will(回復の見込みがない場合の延命治療などの生前意思)がある人は持ってくるようにと。これはもう出産のときから、もちろん乳がんの手術まで何回も言われたので、もう驚かないww

アメリカはいい意味でも悪い意味でも、ものすごくはっきりしています。タフになるはずだなと。嫌いじゃないけど、昔はすごく驚きました。

出産のときも宗教など聞かれ「どうしてですか?」と聞くと「ほら、あの、そういうこともあるから。Just in case(念のため)って言われて、ぎゃあああああ!な思い出。

さて前日から脅かされ、迎える当日。7時集合でいろんな部位の手術患者が集められてカーテンで仕切られたウエイティングルームへ

ここでへんなエプロンみたいなの着せられて(今回は目なのでさすがにパンツは履いてていいってww何回も着たことあるんですけど、お尻丸見えなんです。今回は改良されてて紙製。しかも空気調節の穴まで開いてた!!ホースをこの穴に突っ込んであったかい風を送る仕様

ここからが2時間近く長かった。各種目薬を差され、IV用の針刺され……そのたびに違う人が来て

「今日は何のために来ましたか?」と聞かれる。そのたびにCataract surgery です。左目ですと答えるシステム。

さっき言った。は通じない世界ww 何度も目薬を差し、1時間半後にやっと麻酔医が来てIVからぼーっとする薬注入。

歯医者のサデーションと違って目が覚めてる状態でした。そのままギラギラの手術室へ。

手術そのものは5分か10分くらいでした。

痛くもかゆくもなく、メスが迫ってくるようなものも見えなかった。変な模様が見えてただけでした。

当日は麻酔もまだ効いていて、一日寝て(アイパッチというかクリアなプラスチックの保護カバーをもらい、つけてねる)

翌日すぐに医者のフォローアップという術後検査があり、すごく良いよ!と。よかった。朝目が痛かったことと下を向くと圧迫感があることを伝えると、痛かったところは切った個所(いやあああ)圧迫感は抗生剤を目の下に入れてるからと。

3日目からはすごく快適になりました。

右目もまたすぐにやってきます。

しかーし、皆さま

終わったと思っていた歯医者シリーズも続いているんでございますww

それはまた次回に。